宿主の徒然日記

2007年07月25日

弥彦の行事

弥彦燈籠祭りその弐(夜の部)

さぁ~いよいよ出発!
気合いが入って大燈籠巡行に繰り出します。
まず午後7時から神社境内に飾ってある燈籠を宿元まで運ぶ宿下がり。
…..が、天気が一転して雨が(T_T)
弥彦のお祭りは大雨でも決行です!!
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今回はグレースケールにて撮影してみました。
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宿元の松乃屋さん前にて小若組の木遣り披露。
雨も小降りとなり見物客から大きな拍手が。
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弥彦山山頂からの松明行進が通ります。
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雨の中、ご苦労様です。
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笛や太鼓も生演奏の一の宮甚句披露。
この後、午後9時から巡行開始、10基の燈籠が御神輿の前後に分かれて弥彦の街中を練り歩きます。
私も所属する氏子青年会が一番燈籠を勤めます。
しかし雨脚は激しくなり、(シャワーを浴びているよう(^^;)カメラが心配で撮影はここまで。
こんな激しい雨は昭和58年以来だと言ってました。
(バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発より前の話です(^^;)
そもそも燈籠祭りは、弥彦の神様が県内の農作物等の様子を見て回られて帰って来る時に燈籠で明かりを灯して賑やかにお迎えする祭りです。
震災の様子や風評被害を目にした神様の涙雨でしょうか?

5 件のコメント

  • 高井英子 より:

     8時頃の雨すごかったですね。しかし、花火の音は絶えずに、我が家に聞こえていました。本当にご苦労様でした。
     灯篭祭りの由来について、初めて知りました。ブログに書いてくれてありがとう。神様が見回りの後、お帰りの目印に灯りが必要と解釈すると、いろいろ祭りの内容に納得できました。
     ところで、実家の母は、弥彦祭りのことを「弥彦のトウロシ祭り」と言います。トウロシとは、弥彦村特有の方言でしょうか。調べることができたら、教えて下さい。

  • 若旦那 より:

    高井様
    コメントありがとうございました。
    燈籠祭りの由来は地元の若い方も知らない人が多いようです。
    (私も氏子青年会に入って知りました(^^))
    「トウロシ」とは「燈籠押し(トウロウオシ)」の訛ったものです。
    私たちも今回他の講中と二回ほど押し合いをしましたが、昔は何処の講中も他講中の燈籠と押し合い(ぶつけ合い)をしていたそうです。
    あまりに激しすぎて出入り禁止となった講中もあると聞いております。
    年配の方は今でも「燈籠押し(トウロシ)が来る」と言ってますネ(^^)

  • 高井英子 より:

     若旦那さん、回答ありがとうございました。思い出しました。山車みたいなものを、若集が御神輿のように担いで回り、出会った山車同士が、ぶつけ合っている様を、その山車を、「講中」というのですね。よみがなは、なんでしったけ?。
     母が、「講中は、ああいうふうに押しあって、わざと壊すのよ。」といてっていた事が記憶に有ります。「飾り物がボロボロになっているほうがいい」とも聞いた気がします。
     私も、吉田祭りの記事を書きました。トラックバックさせていただきます。

  • 祭りって何?

     吉田祭りの前日、我が家の子供達に「明日の夜は、ママは祭り委員だから、夕飯は、自分で作るか、冷蔵庫にあるものを食べていてね。」と頼んだ。すると、長男が「祭りって、どう

  • 若旦那 より:

    高井様、トラックバックありがとうございます。(^^)
    「講中」は「コウチュウ」と読みます。
    ただ、私たちが担いでいるのは「大燈籠」でそれを担ぐ集団を「○○講中」と呼びます。(氏子青年会講中、泉講中、砂岡講中等)
    弥彦村文化財 燈籠おし
    今年は大雨で燈籠の中の蝋燭の灯りも消えてばかりだったのですが、大事な灯りですのでその都度火を付け直します。(他の講中は知りませんが、氏青講中には「小頭」「担ぎ手」「木遣り組」「鳴り物組」等諸役の中に「蝋燭係」が居て、巡行中の灯りの番をしております)

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